僕のベイビーに何か?
- willbe-ito
- 2025年12月1日
- 読了時間: 3分
2025年もあと一か月となりました。
昭和100年、戦後80年、歴史的節目の2025年、そして1960年3月早生まれの僕も65歳を迎え老人の仲間入り、節目の年になりました。
皆さんにとって2025年はどんな一年だったでしょうか?
あと一か月、やり残したことはありませんか?
さて毎年、このブログでは12月になると仕事を中心に一年を振り返る投稿をしています。
仕事は、おかげさまで好きなミュージアム・アート関連に限定してマイペースで続けられている事に感謝しています。
そしてなんといっても僕の2025年は音楽活動再開の一年だったように思います。
35年のブランク、リハビリから始め、バンドの皆と再び音楽の旅が出来る喜びを感じる一年になりました。復帰したMOJO SAMでは3月と11月の二度の拾得ライブ、来ていただいた方にはあらためて感謝申し上げます。5月の楽しい亀岡遠征ライブもありました。
気持ちを上げる為にコンサートやライブにも行ける限り行ったし、今まで通ってこなかった音楽ジャンルも積極的に探しては聴き、CDもずいぶん大人買いしました。
バンドメンバーが、いつも拾得のライブ映像を撮って残してくれているので、その中から僕がメインボーカルを担当したものなどを編集しボチボチ、プライベートなユーチューブにアップロードしています。
その動画を紹介しながら、振り返っていきますので、よろしければお付き合いください。
思えば2023年11月18日、すべてはこの時から始まりました。MOJO SAMの看板ボーカルだった平畑君のメモリアルライブ、これが音楽活動再開のきっかけとなりました(2025年を振り返ると言いながら二年前2023年です)。
1979年、京都宝ヶ池にあった焼き肉レストラン・トドロキのバイトで僕と平畑君が出会いスタートしたR&BバンドMOJO SAMは、憧れの聖地拾得や関西のライブハウスで活動していました。
僕は仕事との両立が出来ずバンドを抜け30年以上、しばらくは申し訳なさでメンバーに会う事も出来ない、そのくせ時々バンド関連の夢を見る年月が続きましたが、吹っ切れてからは偉そうなことを言うOBの一観客として楽しませてもらってました。
2023年の3月に看板ボーカルの平畑君が亡くなり4月には拾得でお別れ会がありました。
そしてその年の11月18日、バンドのホームグランドである拾得に歴代のホーンセクションOB、OGや音楽仲間が集まりメモリアルライブが行われバンドの創設者という事で僕にも声がかかりました。
2021年10月にフリーランスとして再スタートしたウイルビーの仕事も、ちょうど2年経ち余裕が出来てきたタイミングでもあったので参加させてもらい、昔、平畑君とふたりで歌っていたサム&デイヴの「WHEN SOMETHING IS WRONG WITH MY BABY 僕のベイビーに何か?」を歌わせてもらいました。
♪僕の彼女に悪い噂や良くない事があっても、それは僕にとっても同じだから~♪と歌う極上のソウルバラードです。
代々京都大学の軽音楽部の連中が務めてくれているホーンセクション、この時は僕が在籍していた当時のメンバーが東京から駆けつけてくれました。
実はこの日の為に、何度もカラオケボックスで個人練習をしたんですよ。
カラオケなんて長い間行ってなかったし、ひとりでカラオケボックスに行くのも初めてだったんですよ。
ではでは、その成果をお聴きください。
このメモリアルライブを最後にMOJO SAMは活動休止、この時にはまさか2年後自分が正式にバンド復帰するとは思いもしませんでした。
この日はあと一曲、アンコールで、平畑君の息子と一緒に歌ったので、明日のブログで紹介予定です。



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