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情報と記憶

  • 4 日前
  • 読了時間: 2分

昨日の投稿、過去を振り返るTBTで1970年代~1980年代の横浜プリント全盛期なんですが、実はAIの答えを元に書いたものなんです。

24日の深夜にNHK総合で放送された『1970’s グラフィティー A to Z』を見て、テキスタイル・プリント業界の景気の良かったことを思い出し、AIに「横浜のプリントの全盛期について教えて」と質問しました。

さすがですね・・・

AIは、なんでもよく知っています。

瞬時に「情報」をネット上から集めて来るんですね・・・

ほぼ正解です、いや完全に正解です。


僕は卒業後1981年に京都西陣のメーカーに就職し、80年代の半ばには和装以外の商品企画をする新規事業部に配属となり、ハンカチやスカーフの企画をしていました。

ハンカチ、スカーフの染色なら横浜だろうということで、取引していた蝶理さんという繊維の総合商社に横浜の工場を何社か紹介してもらい横浜との仕事が始まりました。

新横浜駅の近くでレンタカーを借り工場回り、プレハブの事務所で大将(社長)と世間話、経理のおばちゃんがインスタントコーヒーをいれてくれる、工場長と仕事の打ち合わせ後現場へ

だいたいどこもこんな感じでした。

職人魂を持った工場長とはよく激しいやりとりもしました。

印象派の絵画を型染めで再現するというような難しい仕事ほどやる気を出してくれたもんです。

2000年代にはいると次々に工場は閉鎖され、横浜には事務所だけ残し工場は東北に移転、工場の跡地は住宅地になったり、駐車場になったり、そんな様子をみるのはなんとも寂しいものでした。

と、思いつくままに僕の「記憶」を記したのですが、「情報」集めが得意なAIは知らない事でしょうね。

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